無限次元では
id:m-hiyamaさんから「何かご存知かも」と言われ,書かずにはいられません.とは言いながら,所望のΦ'の例がなかなか思いつかないので,そのヒントになりそうな,以前に書いたLax-Milgramの定理に関して.
どういう話かというと,「『Bに関して強圧的』という仮定を除くと途端に反例ができるよ」という話です.Hilbert空間H上の双線形形式B:H×H→Rが強圧的であるとは,
ある定数C>0が存在して,任意のu∈Hについて,|B(u,u)|≧C||u||2となること.
でした.ただし||・||はH上のノルムとします.これが成立しないというのですから,B(u,u)はuのとり方次第でいくらでも0に近づくことができるというわけです.ここに留意して,反例を構成します.
反例
まず,Hとしてl2空間
l2 = { a := (an)n = 1,2,… : Σan2 < ∞ }
をとります.すなわち,この空間は,2乗和が収束するような実数列全体のことです.こうやって定義すると,内積とノルムを
(a,b) := Σanbn
a := (a,a)1/2 = (Σan)1/2
で定義することにより,l2はHilbert空間になることが知られています.
さて,l2上の有界かつ非退化な双線形形式Bを,
B(a,b) := Σ(1/n)anbn
と定義しましょう.これはつまり,上の内積の定義において,各項に1/nのウエイトを掛けたものです.有界性は|B(a,b)|≦||a||・||b||からすぐに分かります.しかし一方で,Bは強圧的ではありません.例えば,数列e(k)として,「k項目のみ1で,他はすべて0」という数列を考えてみれば,B(e(k),e(k))=1/kですから,kを大きくしていくとこれはいくらでも0に近づけます.
このBについて,Lax-Milgramの定理が満たされないことを主張したいわけです.そのためには,l2上の線形汎関数Fで,F=B(b,・)となるb∈l2が存在しないようなものを構成すればいいわけです.実はそれというのが,
F(a) := Σ(an/n)
というもの.この線形汎関数はちゃんと連続にもなってます.
BとFをグッと睨んで,F=B(b,・)となるようなbを探そうとしてみます.先ほどのe(k)を考えると,
B(b,e(k)) = bk/k
F(e(k)) = 1/k
ですから,必要条件として,bk = 1が分かります.つまり,bはすべての項が1になる数列です.ところが,「すべての項が1になる数列」の2乗和は発散してしまいますから,これはl2の元ではありません.したがって,F=B(b,・)となるbは存在しません.
振り返り
もともとLax-Milgramの定理は,Φ:H→H* Φ(u):=B(u,・)という写像の逆が存在することを保証するものです.Bが強圧的なら逆は存在しますが,Bが強圧的ではない場合,Φ(H)はH*よりも真に小さいわけです.
ちなみに,Hが有限次元だった場合は,id:m-hiyamaさんの書いておられる通り,ちゃんとΦには逆が存在します.それはなぜかというと,Hが有限次元の場合は,どんな双線形形式も強圧的になるからです.これは以下のような理由です.
Hを有限次元として,BをH上の非退化な双線形形式とします.このとき,Hのなかで,||v||=1となるv∈Hの集まり,つまりHの単位球面を考えてみます.Hが有限次元ならこれはコンパクトなので,|B(v,v)|はこの単位球面上で最小値C>0をとります(0にならないのは,非退化性があるから).すると,任意のu∈Hについては,u/||u||は常に単位球面上にありますから,
B(u,u) = u 2 B(u/ u ,u/ u ) ≧ C u 2
が成立します.こうして強圧性が証明できました.
これだけ見ると,Hが無限次元でもよくないかという気がするんですが,残念なことに,Hが無限次元だと単位球面はコンパクトになりません.このことが事情を複雑にしているわけです.