「東京大学ノイズ文化論講義」の中のT部長×宮沢章夫対談に影響を受けてしまって

昨日のMXのどうでしょうClassicsは,かの「だるま屋ウィリー事件」でした.どうでしょうについて語る際に,必ずといっていいほどこの事件が引き合いに出され,代表選手として出てくるのは,不思議といえば不思議です.ほかに面白いシーンはあるのに.

ひとつ,あの事件はテレビ的過ぎるということを感じます.正直なところ,どうでしょうは,お膳立てが整っているようなロケものとは違ってテレビ的じゃないような感じを受けます.そういう生のままの映像のなかに,突如として,誰が見ても危ないと感じるハプニングが起これば,それが長々と語り継がれることは当たり前かもしれません.「普通」のテレビがあるとすれば,どうでしょうはそれとはまったく雰囲気が異なっている.だから,観る側の視点はどうしても別の方向に向かざるを得ない.改めてどうでしょうはすごいなあと思うわけであります.